宇和島城と天赦園

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今回は愛媛県宇和島市を訪れました。

宇和島は江戸時代は伊達家が治めていましたが、今も宇和島市には伊達家にまつわる名所が2箇所あります。

宇和島城天赦園です。

こちらが宇和島城天守閣です。

宇和島城の天守閣は江戸期に建てられたものが現存している、いわゆる「現存12天守」の一つです。

宇和島城の最初の天守閣は藤堂高虎により慶長7年(1602年)に建てられ、その後、寛文6年(1666年)に伊達宗利により改築れ現在の姿となっています。

 

天守閣の内部はこの様になっています。

 

天守閣からは宇和島市が一望できます。

 

続いて、宇和島城のすぐ近くにある天赦園を訪れました。

 

天赦園は寛文12年(西暦1672年)に宇和島藩二代藩主 伊達宗利が造成した浜御殿の一部を、七代藩主 伊達宗紀が改造し、慶応2年(西暦1866年)に完成した庭園です。

美しい池と庭園が広がっています。

天赦園の名前の由来は伊達政宗が詠んだ次の漢詩から来ています。

 

馬上少年過(馬上に少年過ぎ)

世平白髪多(世は平にして白髪多し)

残軀(残軀は天の赦す所)

不楽是如何(楽しまずんば是を如何せん) 

 

訪れた5月は花菖蒲が綺麗な時期でした。また、藤と竹もこの庭園の名物となっています。